期待し過ぎ

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

文庫化をとっても楽しみにしていたので、本屋で見つけて即購入。あっという間に読了したのですが……しまった、期待しすぎた。お話としてはよくできているし話題作になったのも頷けるのですが、なにしろ期待しすぎた。私は藤原正彦の著作が好きでよく読んでいるし、もともと(一応)理系の人間なので、数式の出てくる純文学なんてすっごく私が好きそうじゃないかーいったいどんななんだろうと期待が膨らみすぎていたのですねー。
もともと、小川洋子の小説がすごく好きというわけではないのだった。「妊娠カレンダー」を読んだときも、すらっと読めるし嫌いじゃないけど次作を買おうとは思わない、という感じで少し私の好みとはズレているんだな。博士の描写はとてもよくできていると思う。一般の人にはほおお、と思えるのかもしれないが、私にとっては……こんな人、いっぱい知ってるんですけど……って感じで、やっぱり感想がずれていってしまうなあと我ながら思うのであった。
読んでいて、大学の先輩を思い出した。彼は私の一年年長で理学部数学科に籍を置く学生であったが、とにかく「変人」であった。大学の合唱団の先輩として初めて会ったのだが、「同じ学部ですね、現役合格なんて優秀ですね、僕は現役だけど補欠合格なんですよ」が第一声であり、灘高から補欠入学に至る経過を細々と説明してくれ始めたのでうぶな新入生の私はかなり面食らった。見た目も、二昔前の「不潔な学生」タイプで、髪はぼさぼさ眼鏡をかけて猫背でチェックのシャツと穴の開いたジーパンはいつ洗ったか不明で冬でもサンダル履きというイカ*1をタイムスリップさせたような具合であった。彼が数学の徒として優秀だったのか否かは知らないが、数字を聞いた瞬間「それはこれとこれを足すとできるこういう数字ですね」というような言葉が口から漏れるという点が、この『博士』と同じだった。また、彼は強烈な美意識を持っていて美しいもの全般(もちろん女性含む)を愛していたが、その独創性でもって、さらに井上陽水を尊崇しドクター中松を信奉していた。サークル内のミニコンサートでは「しがないながし」*2と名乗って必ず陽水を歌ったものである。百万遍ドクター中松ジャンピングシューズを履いた彼に白昼「やあ、まるあさん」とにこやかに大声で本名を呼ばれ、ひええ勘弁してくれええと思ったこともあった。
という具合で、この小説は私にとってはあまりにノンフィクションに近い。『博士』を中心にした疑似家族のありようが、今の時代では一般的な家庭よりも濃密な、より本物らしい家庭の空気を漂わせているのも妬ましいようであり、微笑ましいフィクションとして読むにはあらゆる意味でちょっと痛かった。*3
とにかく期待が大きすぎたね。*4

*1:「如何にも京大生」ってことです。決して「イカした京大生」や「イカレタ京大生」ではない。たぶん。

*2:回文である。彼に「博士」と同様の回文能力があったかどうかまでは残念ながら知らない。

*3:なんか読後感がもやもやしたんだけど、その気持ちに近いものをうまく書いてあるサイトを発見。こちらです。まあ、ここまで毒々しくはいわないが、小川洋子さんは文系なのね、とはしみじみ思ったことである

*4:映画化もされるらしい……映画はまた別口で見てみたい感じもする。だって深津絵里の家政婦、見たいよ〜。ホント薄幸な役の似合う人ですね。